別館「滄ノ蒼」

辞去ノ朝

 
 ローキニス卿は、ふと視線を上げた。
 氷のかけらを含んで雨戸をなぶる夜風の音に、聞き慣れた者の声が混じったような気がしたからだ。
 暖炉の火は何事もなく燃えている。薪がかすかに、ぱち、と音をたてた。耳をそばだてたが、人の声かと思われたものはちょうど途切れている。
 書き物卓に羊皮紙を置き、立ち上がる。かたかたと音を立てる木の窓枠に手をかけて外の様子をうかがうと、今度ははっきりと、よく知る男の声がした。
「――フリオ」
「どうした? ガイ」
「おれ、捕まえた。ここにいる」
「捕まえた? なんの話だ?」
「捕まえた。フリオ、こっちに出てくると、いい。ひとりで」
「一人で? どういうことだ?」
 狩人として暮らしている彼の物言いは、いつものように少したどたどしい。大きな身体をやや屈めるようにして向こう側に立っているのだろう。何か珍しい獣でも生け捕って、連れてきたのだろうか。何やら大きな生き物が一緒にいて、がさがさしているような気配がする。窓を開けるぞ、と言うと、相手は「いらない」と続けた。
「早く」
「わ……かった、待ってろ」
 卓上の蝋燭を吹き消し、暖炉に薪をひとつ放り込んだ。マントを肩に引っ掛ける。
 奥の間を窺えば、妻の後ろ姿が見えていた。
 夜更けと言っていい時刻だが、彼女はきっちり髪を結い上げたままだ。少し前に、子供が目をさましてぐずり始めた気配がしていたから、かれを寝かしつけているのだろう、低く物語でもするらしい低い声がしている。
 石造りの壁と床はすでに冷気を含んで、履物の底からひやりとした温度を伝えてきた。
 外は細雪が舞っていたはずだ。この時期、湿った地面に座り込むことはできず、震えながら立っているしかない。氷片の散り来る中にガイを待たせておくのは気の毒だと、彼は忍び足を急がせた。
 ……それにしても、何を捕まえて来たのだろうか。
 
 
 
 外に出る。寒気が裾から忍び込んできて、フリオニールは思わず肩を縮めた。
 ガイがいるはずの方に歩を進めると、すぐに人の気配がした。
 どうやらガイともうひとりいて、何か小さく言い合いをしているのだ。
「おい、ガイ」
「フリオ」
「……っ」
 声をかけると、二人ははっと振り向く。
 手前側にいた男の顔を見て、フリオニールは息をのんだ。
「……レオ、」
「呼んでくれるな、ローキニス卿」
 困ったように、濃青の瞳が伏せられる。フードの影には、黒の短髪。フリオニールのよく知っている形を、していた。
 兄と呼べなくなった者の――親友であった男の姿をしていた。
「……あ」
 フリオニールはのどにこみ上げるものを噛み殺す。ぎ、と奥歯を噛んだ。
 呼べあえないのだ、兄とも弟とも。いくら互いに、無事であってくれと願いあっていても。道を外さずにいてくれと、噂の端々に耳をそばだてていようとも。
 フリオニールは視線を伏せ、拱手をとった。
「失礼した、……長旅でお疲れとお見受けする。ご案内しよう、休んで行かれるだろう?」
「……いや、その」
 旅人は、フリオニールが掌を向けると少し身を引いた。もごもごと言い訳などをするのである。
「お騒がせする気はなかった、……ここは行き過ぎるつもりだったんだ。その、」
「なんでおまえ、立ち止まってこっちの方をじっと見てた? だから俺、つかまえたんだ」
「ガ、……すまん、勘弁してくれ」
 以前と変わらぬ短髪かと見えた黒髪は、よく見ると後ろで束ねられている。少し伸びたのだ。
 顎は髭が覆っているが、きちんと短く刈り込まれている。引き結ばれた唇、やや削げた頰。そのあたりにかつて彼がまとっていた、触れれば切れそうな空気はずいぶん薄くなっていて、フリオニールは内心、ほっと息をついた。
 義兄は――いまや、追われる立場でも流れ者の身分でもないのだろう。命を狙われる思い当たりには事欠かないはずだが、危険なところにばかりいるわけではないらしいことが見て取れた。
 それでも、視線を伏せた目尻は鋭く、ひどく冷たく見えて、それが気になった。
 
「……」
「……あの、」
 お互いに話の口火を切れずにいると、黙っていたガイが、旅人から手綱をとりあげた。
「……俺、馬をつないでくる。フリオ、話すると、いい」
「――ああ」
 どうやら焦れたらしい。旅人のほうは少し困ったようにあたふたしていたが、おとなしく青毛を大男に預けることにしたようだ。
 その様子を見て、フリオニールはかえって力が抜けた。
 いつも旅人が通ったときのようにすれば良いのだ。ここにいるのは、ただの一人の戦士だ。略礼をとって、話しかける。外からの旅人に対するのと同じ物だ。
「旅人殿、ひとまず旅符を確認してもいいだろうか」
「……、ああ」
 一応仕事なんでね、と苦笑し、フリオニールは朱塗りの木片を受け取った。裏返してみれば、割印はフィン王国軍の焼印で、州侯某氏の署名が入っている。
 立派なものだった。
「軍務で旅しておられるのか。失礼した」
 ほっと息をつきながら、フリオニールが礼儀正しく旅符を返すと、相手はそれを首にかけ直しながら、少し苦笑した。
「……いや、軍属ではあるんだが。堂々と言える身分ではなくてな」
「え」
 軍に所属する者、とりわけ騎士なら、どこの町や村を通っても憧れと畏敬の目で見られるものだ。彼の身なりも立居振舞いも、騎士のそれだったから、その言葉はどうも腑に落ちなかった。
 フリオニールが首をかしげていると、相手はあっさりと告げる。
「俺はパラメキア州侯の『影ノ手』なんだ」
「……影ノ手、か」
「卿はご存知だろうか」
「……ああ」
 それは文字通り、諸侯の「影」で働く者の呼び名だった。
 正式な官名や役名ではない。形式上の軍属にあって、その土地の事情と人脈に通じ、侯に情報を与え、――不穏分子を説得し、あるいは手を下す者。と、されている。
 現在のパラメキア州侯はフィンから派遣された武官であったから、どういう伝手を使ってか、経験を買われて拾いあげられたのだろう。
 
 と、彼はついとマントを払い、フリオニールに供手をとった。
「――フィン・カシュオーン連合王政に不満を唱える者が、パラメキア州地から姿を消した。廃帝煬公マティウスのもとで士官の地位にあった者だ。――卿は思い当たりはお有りではないか」
 知らない、と応えながら、フリオニールは目をふせた。……あの暴君の治世のほうが良かったと、乱れた時代を懐かしがる者がいる。それに対する嫌悪と同時に、義兄は彼らを粛清して回る道を選んて、未だに、血の匂いと刃の音と一緒に暮らしているのか、と思った。
 しかし、王都から情報の回議などは来ていなかったはずだ。
 公開された不穏分子ではないのかもしれない。
 ひとまず、くだんの元士官の人相為人を聞き取ることにした。もしもそれらしい者の話が耳に入ってきたなら、王都に報告しなければならない。王権に仇なそうとする者について伝えるのは、郷士の義務である。
 ――年のころは幾つで、体格や髪の色はどうで、目の色は何だ。
 ――得意な武器は何だ。
 ――帝国軍にあった時は、黒騎士団に所属していた。
「え」
 フリオニールは思わず、彼の顔を見上げる。
「じゃあ……じゃあ、そいつは」
 お前の部下や同僚だったんじゃないか!という言葉を、フリオニールは飲み込んだ。
 代わりに、絞り出すように、紡いだ。
「一緒に……馬を並べ、背を預け合った相手じゃないのか……!」
 数瞬、沈黙が落ちた。
 ふ、と息を吐く音がした。
「優しいな、卿は」
 彼は柔らかい目をフリオニールに向けていた。
「俺は恨みを買った相手や借りのある奴を始末して回っているだけかもしれないとか、そんな発想はしないのだな」
「そんな……!」
 そしてそれが、お前の甘さだ。
 義兄の言葉はそれと同じ意味だと、フリオニールにはわかっていた。
 かつての戦いのときのことだ。彼は真っ向から殺意をぶつけてくる将や魔物には容赦しなかったが、手負いの兵士や草むらに潜んだ者などは、叩き伏せるだけで見逃すことがあった。
 背中を守りながら後ろから駆けてくる義兄が、時には其奴等にとどめを刺しているのも、知っていた。
 ――甘い、と。いつか足元を掬われるぞ、と。
 黒いマントに身を包んだ男が、そう言いたげに自分を見やることはあったし、はっきりと言われたことだってある。そのたびに反論したものだ、「できる限り、殺したくはない」と。
 それに対する義兄の言い分は常に冷徹だった。
 半端な情をかけて恨みを買うくらいなら、殺した方がマシだと。
 其奴の恨みは内に積もって、フリオニール個人のみならず、いつか反乱軍全体やフィンに対する怨恨に変わるだろう。死者は何もしないが、生者は何をするかわからないものだ。ひとすじの芽だって摘んでおかなければならないのだと。
 実際、彼の言うとおりではあった。
 あの暴君を討ったのは、正規軍の戦線ではなく、フリオニールたちの私怨であったのだから。
 名もなき村人が、戦火の中で切り捨てられた。はじまりはそれだけのことだった。普通なら何の記録にも残らない。
 だが、フリオニールは死ななかった。普通なら命を落とすところ、持って生まれた生命力とミンウの魔力、それに反乱軍本拠地に運ばれたという偶然に恵まれた。義兄もまた、パラメキアで命を拾い、登りつめることを選んだ。
 そうして生き延びて、仇敵である皇帝本人に刃をつけるまでになった。
 フリオニールは正面から斬りつけた。
 レオンハルトは背面から貫き通した。
 最高指揮者である皇帝が死してのち、パラメキア軍は統制を失い、ようやく反乱軍は勝利をおさめた。そして帝国は滅んで、魔物たちは異界から召喚されなくなった。
 
 それでも彼らは、記録に残らない。
 
 フリオニールたちが賜ったのは、いくばくかの荘園と宝石が一袋。
 それが、皇帝を討った褒賞のすべてだった。
 なぜなら彼らの身分は軍の中になく、あくまで王女の私兵であったからだ。
 帝国を打ち破り、滅ぼしたのは、反乱軍――再編後のフィン正規軍であって、旧パラメキア領などはかれらに分配されなければならなかった。敵の首魁である皇帝を討ち取った「だけの」、なんの地位もないいち私兵に対して、公的な階位などは与えられるわけにいかなかったのだ。王制下において、それはあくまでも血筋によって与えられるものだから。
 今思い返せば、王女はできる限りのものを与えてくれたのだろう。もしかしたら、荘園も宝石も彼女の私財だったかもしれない。
 一番の功労者だ英雄だと、吟遊詩人に語り伝えられてもおかしくない勇士が、公に褒賞されることもなく歴史の陰に埋もれていく。フリオニールたちは決して華々しい表彰など望みはしないが、現在の王制の、それが限界だ。
 そんなものでも、現状選べるもののなかで最もまともなのだから。民が暮らしていくためには一番いいのだから、と、義兄はかつての部下や同僚を説得し、あるいは手にかけている。
 
 彼は未だ、戦っているのだ。主君と仰いだ暴君の影と。其奴に成り代わった自分と。それらが描いてみせた、光輝なる虚像と。
 彼はずっと――それらを殺し続けているのだ。
 
「旅人殿、……なぜ、お前は、そんな」
「奴を、完全に『廃帝』とするためだ」
迷いなく返ってきた答えに、フリオニールは彼を見返す。
「どうしてだ? 奴は、……すでに『廃帝』とされたはずだ」
「いや、未だそうなってはいない」
「……どういうことだ?」
「先ほど卿に申し上げた通りだ。未だ、あの時代に憧れ、現状に不満しか持たぬ者がいるということなんだ。
奴は、暴君ではあったが暗君ではなかったからな。パラメキアの民に過剰な労役を課したわけでもなく、無能に権力を与えたわけでもない。だから」
「だからって、……奴がしたことは、許されることじゃない!パラメキアの民は、知らないのか?どれほどの街が戦火に焼かれたか。剣を取りもしなかった子供や老人だって撫で斬りにされたじゃないか、それでも……!」
「それでも奴は確かに、パラメキアの光だった。地獄から発せられる暗い光源を背負っていたのだとしても、な」
 言いながら、彼の手は握り締められる。
 
 ――その手で。
 彼は、何人の知人を手にかけただろうか。
 
「……奴の誤りは、魔界の者を呼び出したこと、他国の民を奴らに喰わせたこと、そして、人を機能としてしか見なかったことだ。人に感情があると分かっていなかったことだ。自分自身のことすら、『支配者』という属性でしか見ていなかった」
「だから、って、」
 きっと彼の言う通りなのだろう。あの廃帝の側近という立場で、玉座を見上げていたのだから。
「だから、この大陸のほとんどの制圧に成功しながら、俺たち――無名兵士の私怨に倒された」
「……」
 きっと事実はそのとおりなのだろう。冷徹に状況を見て、フリオニールの背後を守りながら最後まで進んでくれた。
……それでも。
 それでもまだ、笑ってあの頃の話をすることはできないと、痛いほどにフリオニールは感じていた。
 昔のように、手合わせなど申し出るわけにはいかなかった。まだ。
 もし真剣を持ち出してきたら、殺し合いになりかねなかった。
「……ずいぶん冷えてきた。休まれるといい、こちらへ」
 フリオニールは唇をかんで、踵を返した。
 
 
 
「マリア」
 そっと妻を呼ぶと、彼女は振り返って、静かに、という仕草で唇に指をあてた。
 軽く肩をすくめて、足音を忍ばせた。子供の健康的な寝息がすうすうと聞こえてくる。
 フリオニールはベッドにかがみこみ、幼い者の柔らかい髪を撫でてやってから、妻に向き直った。
「……すまん、軽食を用意してくれないか」
「ああ……旅人がいるのね? いつものように、納屋でいいかしら」
「ああ。ガイがいるから、灯りはいらない」
「ガイが? 珍しいのね」
 子供の時期を獣の群れの中で過ごした彼は、今もフリオニールたち以外の人間にはあまり交わろうとしない。差し向かいで座っていて警戒の姿勢を解く相手といえば、狩人ギルドのうちの数人くらいのものだった。
「慌てなくていい。……でも、なるべく急いで来てくれ」
「わかったわ。でも、」
 こんな時間に旅人? と問い返そうとして、マリアはそれを飲み込んだ。フリオニールは返事も聞かずに、駆け出す勢いで踵を返したからだ。ふと振り返ってマリアと目が合うと、鋭い眦を少し下げて両手をあげ、爪先立ちになって出て行く。
 マリアは子供の額に唇を落とすと、立ち上がった。
 
 失礼しますと言って納屋の扉を開けたマリアは立ちすくんだ。
 かける言葉も思いつかないまま見送るしかなかった兄の、すこし年を経た姿をした男が、彼女を振り返ったからだ。
「……あ、」
「御内儀」
 にいさん、と言いかけたのを制したのは旅人装束に身を包んだ男のほうだった。
 マリアの肩が少し、びくりとする。
「食事をお持ちいただき、感謝する。その上に置いてくださるか」
「……ええ」
 兄の姿をした旅人に指し示されたとおり、隅の樽の上にトレイを置く。残りものだったシチューひと皿に、黒パンと堅チーズがひときれづつ添えてあった。
 兄が謝辞を示す略礼をとる。横を向いてそれを受けながら、マリアは所在なげに腕を擦った。温め返したばかりのシチューがほんのりと湯気をたてるのを、なんとなく見ていた。
 
「旅人殿。……水の袋を、お借りする。汲んでこよう」
 フリオニールの手が軽くマリアの肩をたたいて、ガイとともに納屋から出ていく。
 夫は兄とふたりにしてくれたのだ、とわかったが、何とも話のきっかけがわからない。
「……あの」
「お掛けになるといい。そこらの樽でも椅子の代わりにしてくれ。……と言っても、ここは俺の納屋ではないが」
 振り向くと、藁床に腰を下ろした兄が少しだけ笑みを作って、マリアを見ていた。
 ふふっと笑って、マリアは彼のとなりにぽすんと腰をおろした。
「おい」
「構わないじゃない。邪魔したりしないわ」
「そうじゃなくてだな」
「あなたの前でしか、しない」
「……」
 行儀作法を咎められたのだということをわざと無視して、マリアは兄を黙らせた。
 
 お互い黙ったまま、妹は兄にもたれかかる。
 彼はじっと座ったまま、彼女の重みを受け止めてくれる。
 昔のままだ。同じままだった。
 変わったのは、彼女自身の髪型だ。兄にもたれかかっても、昔のように長い髪が肩から流れ落ちることはない。妻になって、母になって、結い上げるようになったから。
 変わったのは、呼び方もだった。兄とも妹とも、今は呼び合えなかった。
 だから、あたりさわりのない言葉を連ねて、無事を確かめ合った。そうするしかなかった。
 
「……旅人さん。あなた、どこの街道を通ってきたの?」
「北西のベディエールから、王都の西を回ってきた。これからはポフトに向かう」
「そう。……ポフトはずいぶん大きな港が再建されていると聞いたわ。いろんな船が泊まっているのでしょうね……。西の街道は、賑わっていたかしら」
「ああ。一時期は匪賊が住処にしていたらしいが……北西方面への道が整備されるようになったからな、だいぶ安全に移動できるようになったようだ」
「良かった」
「他には、どこの話をしようか」
「そうね……ねえ、昨夜はどこの街にいたの。その街の話をして頂戴」
「畏まった」
「食べながらでいいわ。……ゆっくり」
「そうだな。いただこう」
 シチューはまだ熱く、彼は器を掌に包んだ。
 ほろほろと、湯気が鼻先に当たる。あたたかさに目を細めながら、ゆっくりと彼は話しはじめる。
「ここからは街道のふたつ先の関所を、少し山あいに入ったところだ。ちょうど祭りの準備の時期で――」
 
 ……
 彼が器を空にしたころ、話もちょうどきりの良いところになった。
「――それで俺は、その町を出てきたというわけだ」
「そう」
 面白かったわ、とマリアが笑う。相手も薄く微笑んで、匙を置いた。
 しん、と沈黙が落ちる。
 マリアは再度、兄にもたれかかった。
  彼は妹が姿勢を崩さないよう注意しながら、トレイをそっと樽の上に押しやったようだ。
 
「……ねえ旅人さん。私ね、子供がいるの」
「……そうか」
「とても元気な子よ」
「そうか。……良かった」
「あのね。……私、その子に言ってもいいかしら」
「何と?」
「あなたには伯父さんがいるのよって。遠くにいるけど、いつかきっと会いにくるよって。……とても勇敢な戦士なんだ、って」
「俺、……は」
「ねえ旅人さん、私、そう言ってもいいかしら」
「……ああ」
 彼は、頷くほかない。
 黙ったままもたれかかってくる重みは、ひどく熱かった。
 
 
 
 翌朝、フリオニールは一人、旅人を見送った。
 拱手をとって「また、」と言った。相手も「必ず」と応じ、青毛にまたがった。
 土には厚く霜が降りていて、薄い雲の切れ間から、眩しくつめたい青空がのぞいていた。

 


 (2018.12)