別館「滄ノ蒼」

phase2

 

「……来たか。反乱軍の勇士めが」
 闘技場を見下ろす高欄の、深く垂れ込めた紗幕の陰から、集まり来た戦士たちの群れを眺めていた皇帝は、低く笑って振り返った。
「――は」
 皇帝の片腕と謳われる黒鎧の騎士は、ごく静かに低頭した。
 髪一筋揺らさずに下げられた、彼の黒い短髪の後頭部に、軽やかな声が舞い落ちてくる。
「懐かしいか? 奴が。兄弟の誓いをした、銀髪の戦士が。血を分けぬままに互いの血をすすりあった、あの男が」
 重ねられる言葉は、黒い騎士の肩先を、ただ滑り落ちていく。
「あの躰が――忘れられぬか?」
 不意に皇帝は、広げた掌に表出させた魔力を杖形に凝縮させた。その光る塊は宙を飛び、騎士の脇をかすめて床を貫いていった。
 黒い騎士は無表情のまま、微動だにしない。
「ふん。……面白いではないか」
 つかつかと彼に近づいて、ぐい、と頭をつかみ、皇帝は言った。
「貴様に命ずる。貴様は武器を取り、かつての貴様の弟を、斬ってこい。あれは、記憶だの望みだの約束だの甘ったるい言葉の存在を許す、かつての貴様を映す鏡だ。――貴様自身が、斬ってこい」
 どこまでも冷たく臣下の耳に吹きこむと、その頭を突き放した。
「それが達成されたとき、……貴様は完全無欠の戦士を完璧に演じることができるであろう」
 淡々と、主君は言葉を与えつづける。
「誰よりも強い貴様を、余に見せてみよ」
 黒い騎士は、相変わらず黙したまま一礼すると、マントを翻して歩き去った。


『――世界で一番価値ある言葉。』