別館「滄ノ蒼」

凍雪

 降り積もった雪を掬えば、ああ、指の先が凍りつくな。
 じっとりと冷たくこの手にからみつく雪の温度は、私の背筋に寒々とした風の音を響かせる。
 リターナー兵たちに胡散臭そうな目を向けられながら私は、こうして武器ひとつ持つこともせずに
 この狭苦しい谷間の白原を見に、薄暗い暖炉のそばから滑りでてきた。

 ぎしぎし、ぎしぎし。

 いやな風が、ああ、吹きすさんでいるな。
 一歩ごとに沈みこむこの足元には、さくりと音をたてる柔らかな層の下に、固い根雪が凍りついている。
 雪の降る土地の空は、もっと暗くたれこめた雲が一面をおおっているのかと思っていたのだけれど
 いやに明るい灰兎の空は、冷たいみぞれまじりの風だけを遠慮なく私にぶつけた。

 ぎしぎし、ぎしぎし。
 

 でも、不意に

「―何してんの?」

 すっかり耳になじんだ、軽やかなその声は
 とうに見覚えた、しなやかで力強いその姿は

「雪まみれになって何してんだよ、すごい冷えちゃってるじゃん、お前」

 ぎしり。…

 私のまわりを吹き抜ける風のいやな音を、不思議と静めてくれるらしい。

「ほら、手とか真っ赤になってるし」

 こうして私の手をとって、さすってくれるその大きな手の温かさは
 あのとき私の手をとって、鎖から解き放って連れ出してくれたその手の強さは

「風邪ひくだろ、中入ろう」

 すっぽりと包み込んでくれる、この肩にかけられた彼の外套のぬくもりと同じように
 ずっと私の心の奥底で凍りついていた氷塊を、不思議と溶かしはじめてくれるらしい。

「…ありがとう、ロック」

 歩をすすめれば沈みこむこの足の下には、根雪の層がかたくかたく凍りついて。


 けれど
 ―ゆっくりと、ゆっくりと。


 あたたかな風が吹けば、雪はいつか溶け始めていくのだろう。

(2009.1)