別館「滄ノ蒼」

1、雑貨屋

 
 三日に一度の割合、三度めだ。
 昼下がりをすこし過ぎた頃合いだ。とろりと密度を増しはじめた陽の光が、淡い色の金髪を照らす。ウインドウ越しに、その持ち主が立ち止まるのが見える。
 眩い太陽がじりじりと、商店街の道を白く灼いている。その中にあって、彼女の姿は涼しげだ。
 すらりとした長身美人で、ディスプレイを熱心に見ているのだ。猫脚のついた小箱や、アフタヌーンティースタンドや、ドールサイズの家具や、真鍮の蝋燭台や硝子瓶や、そういうものに載せて飾ったちいさなものたちを。
 買い出しの途中なのだろう、いつも彼女は紙袋をかかえている。中からものがこぼれそうになるのを何度も持ち直しながら、流れ落ちてくる髪をおさえて、身をかがめる。顔をあげて別の小物を見、またさっきの小箱を見る。
 羽箒を手にとり、私は立ち上がった。そこらの棚のほこりを払いながら、さりげなく出入り口まで近づく。ウインドウのほうを窺えば、彼女はあわてて紙袋をかかえ直したところだ。あのあたりに並べてあるのは、封蝋のセットやペン軸の羽根などだ。なるほど。
 ドアを押し開く。カラン、とベルが鳴るように、力を入れて。

「いらっしゃいませ。店内にもいろいろとございますよ。ご覧になりますか?」

 にこりと微笑みかけると、薄い碧の目が驚いたようにまたたいた。はく、と桃色の唇がうごきかけたのを無視して、私は言葉を重ねる。

「殿方に?」
「あ、……はい、送ろうと思って」
「こういうものがお好みの方なんですね」
「ええ、……アンティークとか。古いものとか」

 白い頬に、ほんのりと血の色がのぼる。長いまつげが伏せられ、またウインドウに視線が向く。
その表情は幼げで、彼女は思ったよりも若いことがわかった。まだ少女期を脱しかけたばかりかもしれない。年齢の割に大人びたものを見ているのだな、と視線を向けると、少し困ったように「ごめんなさい」と澄んだ声があがった。

「見ていた、だけなんです。……すぐ、行きますから」
「いえ、ゆっくりどうぞ。中も遠慮なく、見ていってくださいね」

 ドアを開け放したまま、私は中に戻った。彼女はそっと店内を見回しながら数歩、入って来、入口近くの棚を数分間じっくりと見て、私の方を振り返ってちょっと頭を下げてから、出ていった。
 
 三日ほど経った。おひさまが西に傾き始めたころ、やはりウインドウの向こうに人影がとおりすがる。
 きらきらひかる淡い色の金髪かな、と視線を向けてみると、思い浮かべたとおりの方だった。隣にはもうひとつ、人影がある。
(今日はどうやら、男連れらしい)
 先日口に出していた、手紙を送りたい相手だろうか。もう、送らなくてもよくなったのだろうか。
 逆光になってはっきりと見えないが、活動的な服装で、頭にバンダナを巻いているのがわかる。一緒に入ってこないかな、と思っていたが、二人はやや歩みをゆるめ、顔を寄せ合って二言三言言葉をかわしたただけで、すぐに通り過ぎていってしまった。
 彼女はやはり、ウインドウの中のこのあいだ見ていたあたりに、視線を投げていった。
 
 でも、気づいたんだ。
 連れの男が気づいたことに。
 彼女の視線の先に。うちのウインドウの中の、透かし模様の小箱に詰まった小物に。日常には必要ないものだけどちょっとしたやりとりが豊かになる、ささやかなものたちに。
 
 ……さて、ディスプレイを変えにかかろうか。
 あの小箱は壁際の棚に移して、封蝋のセットと一緒に並べよう。ウインドウの空いたところには硝子瓶を並べることにしよう。ドライフラワーと鳥の羽をさしておくのだ。隣に置くのはアンティークの時計、それらが秋らしく映える配置はどうだろう。
 ああそうだ、あの連れの男の容貌を覚えておかないとね。ディスプレイが変わっているのに気づいたら、きっと首をかしげて、カランとドアを鳴らして、中に入ってくるに違いない。あとで、すぐに来るかな? それとも明日だろうか――
 羽箒を手に、私は立ち上がった。
 
 

(2020.10 「ロクセリ通り商店街」に寄稿)