別館「滄ノ蒼」

想吃

 

 リルムは椅子に登り、小さな手を精一杯のばして、皿を引き寄せた。
 パンケーキの載った、磁器の皿。白地にまるくてあかい木の実が描いてあって、ぽってり重たくて、祖父がいつもリルムのおやつを載せてくれるやつ。両手でふちをつかんで、ずるずる引っ張ると、パンケーキはようやくリルムの手元に届いた。

「リールーム、これ、行儀が悪いゾイ。椅子にちゃんと座るんじゃ」
「はあーい」

 良い子にして、ちょこんと座りなおす。パンケーキはリルムの目線より少し下、顎のあたり。いかにもふわっとしていそうな厚みのある円いかたちで、まだほわほわと湯気が立っている。添えてあるのはサマサ特有の果物をスライスしたもの。あまずっぱいにおいがするが、パンケーキのあたたかな匂いはより強く、テーブルじゅうに広がって、リルムの目を釘付けにする。

「はやくはやく、おじいちゃーん」
「もうちょっと待つゾイ。蜂蜜をかけてやるからの」

 ストラゴスはとことこと近づいてきて、リルムのパンケーキに蜂蜜をたらしてくれる。ふわふわのがちょっとしっとりして、蜂蜜のあとがつくと、やわらかな粉と砂糖の焼ける匂いに甘い匂いが加わって、リルムの頬はすでに、にへらと緩んでいる。
 開け放った窓からきんいろの風がゆるく吹き込んできて、かすかな湯気を舞い上げた。リルムは子供用のフォークをにぎると、いただきますの挨拶もそこそこに、きつね色のふわふわに突き立てる。あ、と大きく口をあけて、い、と食いついて、んん~、ともぐもぐ、粉と砂糖と蜂蜜のあたたかな味。


        §


 リルムは椅子をちょっと横に押しやって、テーブルの上に皿をのせた。
 そこにはパンケーキが載っている。銀のトレイみたいな薄い金属で、食事時には銘々皿に使っているやつだ。三枚の皿に、一枚づつのパンケーキ。さっき、セリスとティナと一緒に焼いたのだ。

「パンケーキの材料はねえ、粉と砂糖と、卵に、ミルクと、……」
「ねえリルム、どんな順番で混ぜたらいいのかしら?」
「えっと、最初にねえ、粉と砂糖をふるって混ぜて、てっぺんをくぼませて卵を割るの」
「そうやって混ぜるのね。楽しいわ」

 まだまだぎこちない手付きで粉を混ぜる二人、リルムが監督だ。おじいちゃんがやるのと、作り方の手順が違うけど、まあいいか。材料を混ぜればパンケーキの生地になるのだ、別に気にすることでもない、はず。
 サマサでストラゴスが作ってくれるときはいつも、卵白をたっぷりかたく泡だててから生地に混ぜ込んでいたように思う。でも今回は省略。フルーツをスライスして添えるのも省略。セリスは生地が焼けていくのをじっと食い入るように見つめていて、ティナはにこにことそれをながめている。フライパンの上で、ふつふつと焼けていく生地は薄くひろがって、リルムの人差し指くらいの厚みだ。
 形も厚さも、きっと味も。おじいちゃんのとはきっと違う。それは手順によって違ってくるのだ。と、二人と一緒にパンケーキを作って初めて、そう気づいた。

「あ、ねーねー傷男、蜂蜜ある?」
「はぁ? んなモンねぇぞ。何にすんだよ」
「パンケーキにかけるの」
「パンケーキなあ……ならこれでいいだろ」

 機関室から出てきたセッツァーを捕まえて聞いてみれば、バターの容器とシロップの瓶を取り出してくれた。

「バターとシロップをかけるの?」
「悪ぃか」
「ねえリルム、両面が焼けたわ。このお皿にとればいいかしら?」
「んー、そだね。いい感じの色じゃん」
「このバターとシロップをかけて食べるのね」

 粉と砂糖が焼ける、甘くてやわらかそうな匂い。ティナはすんすんと小さく鼻を鳴らし、「いい匂い」と笑う。「そうね」とセリスが応えながら、カトラリーを出してくる。三人それぞれの分を皿にとって、テーブルに出す。

「いただきます」

 そっとナイフで切り分けて、フォークで口に運んで。顔を互いに、見合わせて。

「どーよお二人さん、初めて作ったパンケーキ」
「美味しい!」
「美味しいわね」

 ティナはふわりと目尻を下げ、セリスは目を見開く。ナイフとフォークの動きは止まらず、おしゃべりも弾む。ん、と口に含み、ふふ、と顔をほころばせ、もぐもぐしながら顔を見合わせて笑い合う。
 リルムにとっては、サマサで好きだったものとは少し違うパンケーキ。
 ちょっと薄くてふかっと弾力があって、なんの果物も添えてないやつ。銀の銘々皿にのっていて、フォークとナイフで切り分けて、バターとシロップをのせて食べるのだ。
 飛空艇のパンケーキは、リルムにとってそんな特別なものになった。
 
(2023.1.14)

 

FF6ウェブオンリーにて公開の1hドロ。「パンケーキ」って中国語では「煎餅」になることに驚きましたね。