Doze Off
今日の依頼はもうない、といわれたので、2bは眠ることにしたらしい。
素っ気ないドアをあけると、聞き慣れた機械音がごく低く響くいている。彼女がベッドに近づくと、その音がすこし、高くなった。
彼女はさっさとベッドに上がる。ポッドをスリープさせ、いくつかのプログラムをオンにしていく。
義体をシャットダウンすると、データの同期が始まると同時に、破損などを発見するためのスキャンが始まる。ぼくたちの人工皮膚などはもちろん自己修復素材だけど、修復促進プログラムがフルバージョンで実行されるのだ。機械生命体からダメージを特に喰らっていなくても、吹きつける砂塵や容赦なく浴びせられる海水、ジャンプの衝撃などが、少しづつぼくたちの素体を傷つけているものだ。
ぼくも、自室に戻ろうか、と、 追従プログラムをオフにしようとしたときだった。
2bが少し上体を起こし、ぼくを見あげた。
「あれ?どうしました、2b」
「じっと立ってるから、どうしたのかと思って」
「追従プログラムを、切るところです」
「……部屋に戻るの?」
「?ええ」
2bの頭が、ことり、と傾く。
「……」
なにか考えているときの動きだ。ぼくは静かに、言葉を待つ。
「……おいで」
彼女が手招きする。
それで、ぼくは彼女のとなりに潜り込んだ。
彼女の指が、ぼくの髪をすいた。
毛先が頬にかかってきて、すこしこそばゆい。ぼくも手を伸ばし、彼女の頬にてのひらをあてた。ぴったりと沿う、まるみのある形。
激しく駆動したあとの、放射されていくかすかな熱。
彼女の髪が、手の甲にまとわる。ぼくと同じ素材のはずだけど、ぼくのよりも細くてやわらかい、ような気がする。
異質なものが、彼女の一部を覆っている。戦闘用のゴーグル。その奥に隠れている目の色を、この薄暗い光のなかで見たら、どんな色だろう。
「2b。これ、外してはいけませんか」
「なぜ」
「理由は、ありません。単にそうしたいだけです」
「きみにしては、非論理的だね」
「……そうですけど」
「……けど、断る理由もない」
だからぼくは、彼女のゴーグルをはぎ取った。
同時に彼女の手が僕の頭のうしろに回って、同じように外す。
一気に視界が明るくなる。溢れるような情報量が感覚器官に受容され、くらりとした。彼女も同じだろう。ぼくも彼女も、は、と息を吐く。
彼女の鎖骨の下あたりに顔を埋めると、淡く花のような匂いがした。
……森の中を通ってきたから、植物の成分が移ったのかもしれない。
彼女の胸の奥から、低く音が聞こえる。
ブラックボックスが、きちんと動いているのだ。
頭のてっぺんが、やわらかく圧迫される。人工皮膚の感触。2bの鼻先と、唇のあたり。
ひどくくすぐったく感じて、ふふ、と息が漏れた。
背中にまわした手に、力をこめる。ゆびさきに肩甲骨がふれた。
いつもうしろから見ているイメージよりも、つくりが細い気がする。――こんなに、華奢なのか。
そっと、そっと、なぞった。
「何を、してるの」
「触っているだけです」
「他人を触るのは、無意味。自己修復に役立たない」
「――そうですね」
「それに、私はきみと同じ素材でできているはず」
「知ってます」
「なら、早くシャットダウンするべき」
「嫌です」
「どうして」
「理由は、……ありません」
「それは答えとして破綻している。私たちの行動には、常に理由がある」
「理由のない行動をとろうとするのは、感情を所持する兆候である。――心配しなくていいですよ、ちゃんとプログラムされてますって」
「……そう」
「……どう、しましたか?」
ぼくは顔を上げた。彼女の声はいつも落ち着いているけど、それとは少し違う陰りを感じたからだ。
目は、知っているとおりの色に鈍く光っている。緑。異常なし(オールクリーン)のしるし。ぼくも同じはずだ。何にも感染していないし、簡易セルフスキャンでも何も検出されない。
ぼくたちの素体には、何も起きていない。
ぼくと彼女の素体は、おなじだ。
何も起こっていない。
ぼくは伸びあがって、2bの唇に、自分のおなじ部分を沿わせた。
そうしたかった。
そうしなければならない気がした。
「……これは、何」
「わかり、ません」
「非合理的な答え」
「――そうですね」
ぼくたちは再度、おなじように唇をかさねた。
何度も、おなじ部分を沿わせあった。
そうしたかった。
そうしなければならない気がした。
身体を抱き寄せあって、ぼくたちは何度も唇をかさねあった。
そのまま、いつの間にかシャットダウンしていたことに気づくのは、12時間ほど後のことだった。
(2018.12)