耳をつんざくような銃声が、体全体に染み込んでくる。
発砲の反動も手元で生じ続ける爆発音の連続も、とっくの昔になんとも思わなくなっていた。だが未だに、自分の後ろに「守らなければならない人物」が立っている(だろう、おそらく、まだ)ことに、ヨナはどうにも尻のあたりがむずがゆくなる感覚を抑えることができないでいる。
(銃弾がうずくせいだ、きっと)
自分の中に埋まっている「それ」の存在を、ヨナは思い出す。今となってはごくまれに。
弾を受けたあのときは、……自分は、痛いと思っただろうか?あるいは戦いの興奮に集中していて、後になってから痛みにのたうちまわったのだっただろうか?
30mほど向こうの物陰にはルツがはりついているのだろう。ばんばん爆発音と硝煙が立ち上がっている。それでもこちらに向けた銃撃はやまない。敵全体がゆるゆると集まりつつ、距離を詰めてきているようだ。
壁からわずかに身を乗り出す。ひとしきり連続でぶッ放し、壁に背を張りつけなおす。軽く装填を確認する。目の端で雇い主の姿をとらえ、自分と同じ姿勢で壁に背を張りつけていることに小さく安堵した。
再度銃を構えようとしたところで、壁が頭上30センチほどの場所で派手にえぐられた。礫と粉と化したそれが、ぱらぱら頭に、肩に、降りそそぐ。ほとんど本能的にヨナは身を低めた。同時に、銃弾が追いかけてでも来るように、壁の角を上から下に向けて連続して薙いだ。
胸の底が、冷えた。
「――ココ!しゃがんでて!」
言って身を低め、壁の向こうに身を乗り出そうとしたとき、不意に。
ぐい、と襟元をうしろに引っ張られた。
「ヨナヨナ、君には珍しいな。……私を、見ろ」
ぱん、と小さな音を立てて、ヨナの両頬はココの手にはさまれていた。
ひやりと冷たい、思いがけないほどに細くやわらかい、白い手。両の親指が、すこしヨナの頬をなでた。いつものように彼の雇い主は、怖いもの知らずの顔で笑う。猫のような目がきゅっと細くなる。つややかな唇の端が、にいっと吊りあがった。
空をきる銃弾の、ひゅうひゅう言う音が、ひときわ高くなった。
「フフ。……熱くなってるな」
「そんなこと、ない」
ヨナはぷいと首をそむけた。またガリガリと音がして、壁が削られる。
「――いつもこんなだよ、僕は。邪魔しないで、危ないよ」
「邪魔は、してない」
スーツの袖から伸びた白い手が、ヨナの頬を、ぐに、とつまんだ。
「私は君を全面的に信頼しているからな。誇ってすらいる」
「だったら……」
「だから、ちょっと頭を冷やして。そして、目を開けているんだ」
雇い主は猫の目をじいっとヨナに向けたまま、あいかわらず頬でぐにぐにと遊んでいる。再度、閃光がひらめく。ややあって、ぱらぱら乾いた音が小さく降りかかってきた。
弾がかすめたのは、壁のだいぶ上の方だったようだ。
ふいにココは小さく笑うと、ヨナの鼻の頭に唇を寄せ、軽くついばんだ。
「――見失うな。呑みこまれるな。よく見るんだ。私を」
ガガガガ、とまた耳ざわりな音が、またすぐそばで埃を舞い上げる。
「……どういうことだ?」
「……ヨナ、言ってみろ。私の職業は?」
「武器商人、だ」
「その通り。武器を売り歩く者。ぶ厚く敷いた金属と札束の上に足跡をつけて歩く者」
いつの間にか近くの壁の陰までルツが戻ってきている。こちらを見て、そいつはひらひらと手を振ってみせた。
ココはすっと立ち上がり、耳元の通信機に触れた。
「――そうとも」
凄絶な笑みを浮かべたその顔を、一瞬、青白い光が照らしだした。
瞬間、砲声が止んだ。
「私は――死神だ」
ファイア、と指示した声はごく小さなものだった。
次の瞬間、爆発物が敵の真ん中で火柱を上げ、熱風が辺りの破片という破片を巻き上げた。
(2012.5?)