ぱた。ぱた。
ぽたぽた。
――赤い。
ぐらり、視界が大きく揺らいだ。
レオンハルトの呼吸はすでに荒く、剣を握り続けた腕は重くしびれきっていた。
帝国兵であろう、黒い兵士に兄弟たちが囲まれ、鈍く黒光りする武器が抜きはなたれてから、いまだ百を数える間も経っていないのだろう。だが、弟妹を庇って最前列で戦っているレオンハルトにとっては、すでに一刻も過ぎたように思えるほど気の遠くなる時間だった。
兵士たちの装備は厚く、数は多い。適当な所で逃げだそうにも逃げる隙がなかった。木々の間に飛び込もうとしても走り出そうとしても、その先には黒い兵士 がいる。弟妹も未だ応戦しているものの、自分の刃を相手に届かせることすら全くできず、すんでのところで刃をかわし続けているだけだ。最初から勝負は見え ているのだ、身につけた革服はあちこち切り裂かれ、剣をふるうたびに傷口が広がって血が流れた。
夜の森は暗い。狩人の子である自分たち兄弟は、夜目が利くぶんこの兵士たちから逃げおおせる機会は多いはずなのだが、なぜ黒い兵士たちはこんなに延々と疲れる風もなく戦い、獲物の退路を塞ぎ続けているのだろうか。
ぽたぽた。血が腕をつたう。
攻撃を受け流す、剣を持つ腕の感覚がない。はねとばされ、木の幹にたたきつけられた。息がつまり、斬られたのだろう、肩のあたりが焼けつく。
――痛い。
――痛い、のか。自分はまだ生きているのか。腕は動くのか、足は立つのか、音は聞こえているのか。ならば……自分はもうしばらく、戦える。
頭の片隅で、ぼんやりとそう思った。
どこかで、弟妹が敵と武器を交えている音がする。そんな気がした。揺れる視界の中でかれらに手を伸ばそうとして、振りあげた剣は宙を切った。
(守らなければ)
その思いだけが、今のレオンハルトを動かしていた。
(弟妹たちを、守る)
守って、逃げて――どこか安全な所まで、帝国の手の届かない所まで行って、兄弟そろって暮らすのだ。
父母は、村が襲われたときに崩れ落ちる煉瓦に巻きこまれてしまったが――だから自分たちは今、森の中を逃げているのだ――兄弟四人が揃っていれば、きっとどこででも生きていけるだろう。
(…マリア)
お前をこれ以上恐ろしい目にあわせるわけにはいかない。待っていろ、今助けるからな。
(…ガイ)
まだ斬撃をかわしている気配がする。お前は大柄だから狙われているのだろう。無事か。
(…フリオニール)
お前はどこにいる?まだ戦えるか?敵に隙はあるか?
咽喉が干上がる。ようやく目を開ける。剣を握りなおして起き上がろうとすると、肝臓に針を刺し込まれたような痛みが走った。うめく。のろりと顔を上げる。
その瞬間、視界が赤く染まった。
帝国兵が火を放ったのだろう。瞬く間に炎は森中に広がり、木々をなめつくし、黒煙を上げはじめる。
轟々と。世界が燃え上がる。
ぱた。ぱた。ぽたぽた。
紅蓮の炎に照らされて、体から血が流れおちていく。
赤い。赤い赤い。
そして、黒が。
黒い帝国兵が、鎧の擦れる金属音をあげながら近づいてくる。
がちゃり。がちゃり。
其奴は黒い剣をゆっくりと持ち上げ――レオンハルトに向けて無造作に振り下ろした。
…守らなけれ
ば。俺が。
弟妹達
を。
守ら
な
ければ
。
――