夢を見た。
ここは暑くも寒くもない。
仄暗い城の中だ。天井が高い。堅牢な白大理石のアーチが遥か上に見える。
自分よりもずっと背の高い人物に手を引かれている。
浅黒い色の、筋張った長い指は暖かい。手の甲の半ばまで覆うゆったりとした白い袖。
祝祭なので、石造りの廊下の彼方此方に、青く光る毬や動物の角などを売る老婆が座っている。
私は小さな女の子なので、それらを見に行こうとするのだが、その都度ぎゅうと手を強く握られる。
そのたびに隣の人物に向き直り、小走りでついていく。
彼の手を離したら、廊下に浮かんでいる光の球が落ちて暗くなってしまうからだ。
花を摘みに行くのだな、と判ったので、燭台を足がかりに窓を飛び越え、草の上に立つ。
後ろから、白い裾の長い装束の人物もふわりとついてくる。
花を摘むためには、二番目の船に乗らなければならない。
隣の人物が呪文を唱えると、歩いていくべき飛び石がうきあがる。
足許で崩れる石の欠片が何か音を立て、私の暗金色の巻き毛が頬にかかる。
繋いだ手の先に居る人物は、すいすいと渡っていくので、私も一生懸命飛び移っていく。
十回無事に飛び移れたので、海の上を歩いても大丈夫だ。
私は成年式を迎えたために、素足になって歩かなければならない。
隣にいる、白い裾の長い衣装の人物が手を取ってくれているので、剣は持たなくても良いだろう。
低く落ち着いた穏やかな声が励ましてくれるが、風の音でよく聞こえない。
所々光が反射して金色に見える、淡いエメラルド色の水の上を歩いていく。
小さな岩礁が碧水から顔を出している。
ぴたりと顔を覆った白い長衣の人物は私から手を離す。
彼の向こうで、光が幾筋も空の高みへ螺旋を描く。
私は歩けない。歩き出す事ができない。
白づくめの衣装の中でわずかに見えている目元がふ、と微笑む。
――……
――貴方には既に沢山の味方がいるのですから
なぜ足が動かないのだろう。重たいものが纏わりつく感触が厭でもどかしくて仕方ない。
降り注ぐ光が拡散する。
紅色。真緋色。珊瑚色。辰砂色。朱華色。猩々緋。
――そのまま、真直ぐにお進みください
――貴方の居るべき場所は
彼は踵を返して光の中に吸い込まれていく。
ああ。行ってしまう。
足が重くて、温い水に絡め捕られて追いかけることができない。
――……
深い深い色の眼が振り返って何か言ったようだ。
彼の後姿が霧のような光の粒子に包まれる。
私は声を嗄らして叫んでいるのに、喉から音が出ていない。
月白色。宵藍色。露草色。瑠璃色。紺青色。
光の梯子が闇に溶けていく。
彼の手を離したから、光の球が落ちて暗くなってしまったのだ。
――喉がからからに乾いて
彼はもう、此方には戻ってこない。
見渡す限りの暗碧の海。ただひとつだけ顔を出している岩がある。
「――ミンウ!」
目を見開いて飛び起きた。
闇の中、月明かりがシーツを照らす。
指先が酷く冷たくなって、涙が流れているのに気付いた。
……その瞬間、私は全てを了解した――のだ。
堪え難いほどの喪失感に、私は知らず自分の肩を抱きしめて、震えた。