花に埋もれる夢を、見ていた。
露草色の空が薄闇色に変わり始めるのを、彼は見上げている。
視界の半分には淡桃色の花が揺れ、視界の周辺部は、彼の身につけている黒い面防具でぼんやりとにじんでいる。
花びらは絶え間なく、彼の顔に向かって散りしく。
舞い落ちるそのかけらは、重みなく彼の頬に触れていく。かすかに冷やりとした感触だけを残して、どこかに消えてしまうのだ。投げ出した腕の先の、胡乱な指先をかすめようとした花弁を握ろうとしたが、見えないままのそれは指の間をすり抜けていった。
むせ返るほどの花が、彼を押し包んでくる。薄紅色。氾濫。群青の空。押し包まれる。あるはずのない甘い香りが、頭の奥をしびれさせる。
突如髪を掴まれ、彼の浸っていた静寂は破られた。
「目を覚ませ。なにを考えておる、ダークナイト」
花弁の重みであったと思われた淡紅色の影は、彼を組み敷いたマティウスの形をとって、冷たく彼の目をのぞき込む。彼はまだ恍惚としたまま、主君を見上げた。造形的な切れ長の目の端が、花の色に染まっているように、彼には思えた。
「……は、どうぞご命令を、陛下……」
「寝言を言うな。余の命令を聞くならば膝を折らぬか。お前は、今は――」
軽蔑したように、やや上気した肌でマティウスは手を伸ばし、彼の屹立した欲望をしごき上げる。そしてゆっくり身をかがめ、びくりとのけぞった浅黒い喉元を、軽く咬んだ。
「今は何も考えずに……余の傀儡(くぐつ)で居ろ」
彼の肌には紅い花が散っていく。
マティウスに組みしかれたまま、胸元の肌を、舌先が生ぜしめる水音が這う。彼はその部分からしだいに、花弁に埋もれていく。
「お前は余の先鋒となって、世の果てまでも駆けていくがいい」
――不意に、彼の視界を覆っていた面頬が掴まれ、はぎ取られる。
薄目をあけて見上げた視界の半分は、あでやかな淡桃色に染まったマティウスの姿が揺れていた。
主君が与えてくる快楽の波に責め苛まれながら、彼はようやく、「……御意」とだけつぶやくことができた。