夜毎に訪れるひそかな幻、いつも俺はうっすらと夢に潜り始めたばかりの時刻で、その人影
は朦朧とした視界の中でも明瞭に淡い日の光の色を背負っていて、さらさらと、さらさらと
した清冽な空気をまとい、 其奴のことは昔から知っている、誰よりも知っている、誰より
も理解されている、されていた、いつもいつも何か言いたげで何か問いたげで、ひどく
悲しそうで、あまりにも眩ゆく衒いない、それが常に俺を追い詰めるのだ、幻を押し
のけて頭を振り手を払い、動けない逃げられない、来てはいけない来てはいけない来る
な来るな来るな、来ないでくれ、俺に話しかけないでくれ。
希望だの思い出だの友情だの、なんだかそんな甘ったるい言葉が存在した、したかもし
れない、とうに忘れた、覚えていない、意味さえも理解できない、
なのに全てを呼び起こす、思い出させる、恐怖させる、
手を差し伸べる、差し伸べて招く、姿を見せてくれ戻ってこいと、帰ってこいと言う、忘れたのかと問う、光満つ処へ、救い出してやる此方に来るんだと手招きする、今となっては遠い遠い遠い、後ろめたい、
俺の名が当然のごとく其れであると、もはや誰のものでもない名を呼ぶ、この上ない懐かしさをこめて。
――それが、お前の罪。
今の俺の主人、否、王、主君、あるいは飼い主、その波動はどこまでもどこまでも冷たくて透明で心地よくて、
問われたことがある、お前は何を考えて何を望んで私に従うのか、と、私がお前に何か与えられるとでも思っているのかと、奪いもしないが与えなどしないと、絶対に理解も忠誠も可能なものかと無表情に甚振られた、
首に縄をつけられ、鎖で繋がれ、綴じつけられた肉体の端々は今や冷たい黒い重い甲冑の一部となり、
表情はなく熱はなく望みはなく言葉はなく神はなく、
過去はなく未来はなく痛みはなく後悔もなく、
存在するのはただ冷たい暗い透明な、紫の影、その影の端から俺は一歩も踏み出せず、
馬を駆り、斬って斬って薙いで、踏みしだき殺す殺す殺す殺す、血飛沫が散る、
一足ごとに俺はその淡色の冷色の影に取り込まれ少しづつ凍りつき、
明け渡し忘れていく何も感じなくなるその恍惚、
――それが、俺の罪。
もう戻ることはできない。俺を連れて行ってどうするというのか。何を今更そうでき
るというのか。俺はいつもそう呻きながら幻を振り払い、胡乱な意識を振り絞って、
頭の中に流れ込んでくる真っ直ぐな視線を、凛とした声を、優しく暖かな記憶を、陽の
光を、全てを唾棄すべきものたちの闇の中に押し戻す。そうしてやっと夜毎初め
て、ほんの少しの安堵をうっすらと感じ、胎児のごとく丸まって底冷えのする夜を漂うのだ。
終わることのない慟哭 一縷の望み
耐え難いほどの渇望 絞り出せぬ叫び声
――それが、俺への罰。
――そして、お前への罰。