別館「滄ノ蒼」

05

 
 ティナは最後のシーツを干し終えて、パン、としわを伸ばした。
 朝に霜が降りなくなってだいぶ経った。花の季節が盛りを迎えて、雪柳はもう散り際で、もうすぐ雛罌粟が花壇一面に咲くだろう。さきほどさっと通っていったわずかな春時雨の、のこり雨の粒が、陽光を跳ね返して光っているのが美しい。低い生け垣の外にはゆるやかに曲がった道が続いていて、村の出入り口までがゆったりと見渡せる。
 そんな小さな村なのだ、モブリズは。
 住人も、以前と比べれば増えたとはいっても、まだまだ子供ばかりだったころの閑散とした雰囲気が残っている。
 エプロンの裾をはらって、空になった洗濯籠をとりあげようとしたとき、遠くから小さくチョコボの鳴き声が聞こえた。
 モブリズにチョコボはいない。不思議に思って、視線を村の出入り口のほうへ向ける。すると、大きな黄色い鳥の姿を、ティナの目は捕らえた。
 ――二羽、いる。
 人影が、それぞれの鳥から飛び降りる。一人は身軽にひょいっと、もう一人はきっちりと足を揃えて。後者はよく知った姿だ、そして幾度も早く訪ねてきてくれないかしらと、楽しみにしていた彼女の姿だ。そしてもうひとり。その姿は、男性だ、身軽な服装だ、全体的に黒っぽい中に、ぐるぐる巻かれたバンダナの青が映えている。
 ふたりはチョコボを林檎の木につなぐと、手を取り合ってこちらへ歩いてくる。ティナに気づいたのだろう、一度顔を見合わせて笑い合い、揃ってこちらに顔を向ける。大きく手を振る。
 それを見た瞬間、ティナはなにか考えつくよりも前に、視界が一気ににじんでしまった。
 立ち尽くしたまま、洗濯籠が転がる。ぽろり、涙がこぼれ落ちる。良かった、良かったと、安堵の気持ちが全身を占めて、泣きながら笑い、笑みながらしゃくりあげた。二人はそれに気づいたのか、驚いたように目を見開いたかと思うと、急いで走ってくる。
 思い出したのは、旅立ったときのセリスの後ろ姿。いつもと変わらず凛として、まっすぐ背筋をのばしていて、どこまでも自分の見たいものや聴きたいもの、味わいたいものを探しにいくのだと、笑って背嚢を背負い直し、手袋をきゅっと引き上げて旅だって行った。
 間違いない、彼女は見つけて、今度こそ手にしたのだ、会いたかったひとを、見つめ合いたかった相手を。ぽろぽろと涙をこぼしながら、あたたかく胸が詰まる。思えばずっと、この光景が見たかったのだ。いつからか、飛空艇にのって仲間を探していた頃からか、あるいは二人のことを知った頃からか。ずっと、この光景を希っていた。
 
 ティナ、と呼ばれながら肩先に触れられた手は、ひどく温かかった。

「……おかえりなさい、セリス」
 
 
 
(2023.5)