別館「滄ノ蒼」

1,トピアリー

 セリスは黙々と手を動かしていた。
 バラの茎のかわりに、拾い集めてきた小枝を何本かまとめ、トピアリーの土台にさしこむ。乾燥苔を丸い形に整えつつ、そのてっぺんにまとめていく。あとは 丸くなった部分に、金色の造花や尖葉をかたどった飾りをつけていくつもりだ。生苔や水を含ませたスポンジを使わないのは、生花を挿すことができないから だ。
 手元で、パチン! と大きな音が鳴った。
 飛び出していたやや太めの枝を、ハサミが断ち割った音だ。
 セリスは続けて、ばちばちと勢いよく数度、同じ音を立てる。跳ねとんだ小枝が床に散るのに目もくれず、続けて形を整えていく。引き結ばれた唇は、独り言もため息ももらしはしないままだ。
 不意に手を止める。
 線の細い肩をすこしこわばらせて、彼女はうつむいた。小さく、スン、と鼻を鳴らし、じっと手元を見た。

 じわり、目頭が熱くなる。
 数時間前にこの部屋を出ていった冒険家が、振り返りもせずに言いおいていった言葉が、頭の中でぐるぐる回っている。熱に浮かされたまま夢を見ていたよう で正確には思い出せないが、売り言葉に買い言葉の末、冷たい沈黙が降りてしまった。よく考えてみれば、ロックは彼女の言葉をそのまま受け取って真正面から 反論して逆効果をもたらしたのに対し、セリスは余計な意地を張ってエスカレートさせたのだ。
 視界がすこしぼやけ、セリスはあわてて目をつぶり、目頭を揉んだ。
「もういい、……わかった」だとか、出ていく間際、彼は言っていた気がする。
 ロックには珍しい、底冷えした怒りのニュアンスに、心臓を冷たい手でつかまれたような気がした。我にかえったときにはもう、ドアが大きな音をたて、彼は出て行ってしまっていたのだ。

 しばしの間をおいて、彼女は顔を上げた。
 窓の外は、いつもと変わらない曇り空だった。すっかり見慣れてしまった、陰影のうせた赤い空。日が落ちた後の時間ですら、血の気配をまとった色味でたれこめている。

 もしかしたらロックは今晩、戻ってこないのかもしれない。
 冬至を間近に控えた暗い雲が、ガラス越しにぶわりと揺れた。

 セリスは再び、手元に意識を集中させ、飛び出した小枝を切り落とす作業に没頭した。



        *



 広間の壁に掛けられた輪飾りの下に、セリスは金一色のトピアリーを抱え下ろした。ちょうど居合わせた沙漠の国王がそれをしげしげと眺め、造形のバランスや輪飾りの色合いとの調和具合を褒めちぎってくれた。少し笑い返して謝辞を述べ、急いで踵を返す。
 誰かと声を交わすだけで、まだ熱い鼻の奥が自己主張を始めそうだった。
 
 黙々と廊下を歩いていると、不意に腕をつかまれた。
「――セリス」
 思わず、びくりと肩がはねた。いちばん聞きたかった声が、今いちばん怖いひとの体温といっしょに、彼女を捕えている。
 いつもなら人が近づいてくる気配くらい決して逃しはしないのだが、今は少しばかり感覚が鈍っているようだった。
 ロックはセリスの腕をつかんだまま先に立って、ぐいぐい大股で歩いていく。ドアを開け、彼女を導きいれる。バタン! と音を立てて閉めると、後ろ手に扉を押さえたまま下を向いて、小さくはあ、と息をついた。
「……何?」
 じっとうつむいたまま、ようやくセリスは声を出すことができた。けれど抑えた声は平坦で、涙声のニュアンスが聞き取れてしまっただろう。
「うん。……お前の言ってたこと、さ、考えてた」
「……あの、……あのね、私、……」
 言いかけたセリスに向けて軽く手を挙げ、「わかった、から」とロックは制止する。
「わかったから。お前が言いたかったこと。……俺は、素直にはいわかりましたとは言えないことだったから、思い切り反論しちまったんだけど」
「……そうよ、ね」
 セリスの目頭は、また熱くなる。長い睫毛を伏せて肩をこわばらせた彼女に向けて、ロックは口調を和らげた。
「で、やっぱり俺、お前の言葉は意地を張ってるだけだとは思うんだけどさ。お前があれだけ言うんなら……あれだけ、言ってくれたんだから、その意思は尊重しないとな、と、思ったわけ」
 「ほらほら」とうながして、ロックはセリスを座らせる。ひょい、とひざまづき、彼女の手をとった。
「さてセリス嬢。どうぞ貴女の、お手を拝借――」
 セリスは泣き笑いに顔を崩して、バンダナの頭を見つめる。
「……似合わない、……わよ」
「あ、ひっどー」
 ロックは顔を上げて、屈託なく笑って見せた。
「ほら、これ。受け取ってくれよ」
「……なに?」
「手、開けて」
 小さく首をかしげて掌を上に向けたセリスのてのひらに、やや古風な縁飾りが刻まれた腕輪がのせられた。
「これって、『守りの腕輪』よね……どこで?」
「あー、外にでて歩いてたらさ、近くに廃墟があったなって。んで、宝箱見つけたから開けてきた」
「……、ドロボウだから?」
「トレジャーハンター!」
 ロックはセリスが握りしめたままだったその銀の輪を取ると、改めて彼女の手を取り、手首に通した。
「ほんとなら、アクセサリだったら冬至の祝いの日にちゃんとしたものを渡すべきかと思ったんだけど、……こんなのでごめん。せめて、せめてさ。取り急ぎ、着けててくれ」
 瞑ったセリスの目元から、熱い涙がひとすじ、流れた。
「ありがとう。……ごめんなさい、意地張って」
「……うん。わかってるから」
 ロックは立ち上がり、セリスの髪をなでると額を寄せた。
「お前は自分のことに限っておろそかにして、無茶、するからさ……あれだけ言いはったらお前は絶対に曲げないって俺、知ってるから……だから、ええと、……うん、何だろ。とにかく、どうしたって放っておけないってこと」
「ごめんなさい。ありがとう……」
 二人は小さく笑いあう。互いの髪に通しあった指先が、しばしゆっくりと手触りを愛しみあった。
「あ、あとこれも」
 ひょい、と何かの影が近づいたかと思うと、セリスの耳の上あたりにそれは止まっていた。
 爪の短い熱い手が、もういちど淡い金の髪をなでる。
「なに?」
 横眼でその造形をうかがい、指先をふれると、どうやら金色の薔薇の造花のようだった。
「きれい……。どうして?」
「あー……、や、トピアリーにと思ったんだけど、もう完成しちゃったみたいだし! 髪に着けといて」
「ええっ……、今日!?」
「今日、いまから!」
 祝日でもないのに髪に飾りなどつけていたら、おそらく皆からこぞって冷やかされるだろう。そう思ってセリスは真っ赤になったが、ロックは軽く「いいじゃんいいじゃん」と片目をつぶって見せ、もういちどセリスの髪をなでた。
「うん、やっぱり似あってる」
 ロックはひざまづき直すと、彼女の手の甲に唇をふれた。
「さて、行くか。今日の夕食はシチューだってカイエンが言ってたよな。さあ御手をとらせたまえ、立ちたまえ美しき戦女神、御身の、えーと、無事を祈らせたまえ――」
 セリスは吹き出し、くすくす笑いながらうつむいた。
 幸せな涙が、じわりと目頭を熱くした。
「えー、なんなの?」
 大きな手に自分の手を預けたまま立ちあがりつつ、セリスは小さく、言う。

「……やっぱり、似合わないわよ……」

 

 

(2012.12)