別館「滄ノ蒼」

至宝

 

 俺にはたくさん宝物がある。

 見たり聞いたり触ったり、頭の中に焼き付いていたり、思い出すたびに胸の下辺りがぎゅうっとなるもの。涙が出そうになるもの。

 崖の上から見た夕日のきんいろや、森の土の上から見上げる鮮やかな木漏れ日や、ほのぼのと明け行く東の空の、藍色に鴇色が混ざり始めた朝の色。その時刻の空気の冷たさ。砂浜で素足になったときの、波頭が足先をさらおうとするしゃわしゃわした感触。ハントが一段落つくたびにたちよった、あの村の景色。のどかな煉瓦造りの家々の外側に、羊と犬がぱらぱらと散っている農場の匂い、草の匂い。

 ずっと赤灰色の雲に覆われていた視界に、雲が裂けて光が差し込み、みるみるうちにつきぬけるような青が広がっていった、あのとき見上げていた空のけしき。

 

 宝物はたくさんある。

 旅先でみつけた古い地図、街歩きのなかでみつけたアンティークの宝石。何ヶ月もかけて見つけた洞窟の宝箱の錆びた色合い。それに針金をさしこんで、がちゃがちゃ、ことこと、動かしているときの感覚。金貨でずしりと重たい革袋。縒った金糸に連ねられた色とりどりの石、赤や虹色や金色のきらめき。拭ってみれば光が増し、当たりの石や金属のこまやかな加工、曲線をえがく細い地金のいろ。

 

 たくさんの宝物のなかでも、特別なのは。

 手元の所作を見て、声を聞いて、弾力のある身体を抱きしめて、細い髪に頬をうずめて、長いまつげがぱさぱさと頬を撫でる感触。

 あのね、ロック、と、考えながら口に出してくれる、俺の名前。発音の癖。髪の柔らかさ。薄桃色をした唇は皮膚が薄くて、ほんのり果実のような味がして、舌先でノックすればおずおずと招き入れてくれる。誇り高くまっすぐな背筋と首筋と、やさしくまろく柔らかな鎖骨とみぞおちの、撫でればなめらかでしっとりした、抜けるように白い肌。甘い甘い、その匂い。

 それが自分だけのものだと実感する、毛布のなかのあたたかさ、身体の重み、息のけはい。

 この腕の中にいる、そのひと。