別館「滄ノ蒼」

長剣

 
「く……っ」
 ロックは短剣を振るう。
 両側から敵が迫る。右で切りつけ、返す刃で剣を弾く。左で受け流し、跳ね上げた弾みにナイフが飛ぶ。敵は左右で同時にもんどり打って倒れた。次が来る。右手を逆手に持ち替え、受け流しながら避けた。ギン、と耳障りな音がたち、ナイフが刃毀れした感触がした。
 横に思い切って転がる。跳ね起き、構え直す。衝撃で頬の内側を噛んだらしい、鉄錆の味がした。べっ、と血混じりの唾を吐き出す。次撃が来る。がつっ、と音がして、短剣の刃が更に欠け飛んだ。相手の顔めがけて投げつける。姿勢を低めて飛び退った先に、敵の屍。その手から剣を掬い上げた。
 ――重い。
 剣を持ったのは初めてだった。振り回す。重心が遠い、体の中心が持っていかれそうだ。ぶん、と宙を切った。敵が身をかわし、剣を振り下ろす。鈍い動きでひじを返す。長剣の刃は再度、中空を切る。弾かれる。手首にじん、と伝わる衝撃。長剣を振りかぶろうとする、敵の動き。……まずい、斬られる。
 そこへ、
「退け」
 頭上から、玲瓏とした少女の声が聞こえた。
 はっと剣を構え、見上げる。白金の髪に、白い肌。淡い淡い蒼の、つめたそうな色の瞳。その背後には、兵士が何人か従っている。
 今しがたまで斬り合っていた敵も、そちらを見上げていた。思い直したように長剣を構えたかと思うと、なんと少女に向けてそれを投げつけた。
「おい……っ!」
「氷塊の悲しみよ(ブリザド)」
 少女の、薄桃色の唇が言葉を紡ぐ。次の瞬間、長剣が空中で凍りついていた。
 ぱき、ぱき、と音を立ててひびが入る。ぱりん、と響くと、長剣は粉々になって地面へと散っていった。
 敵はそれを呆然とみあげていたかと思うと、はっと気づいたように踵を返し、逃げていった。
「……お前も、退け。どこの鼠か平民か知らんが」
 今度は騎士剣を抜き放って、少女は崖下のロックに向けた。後ろの兵士たちも、一斉に剣を抜く。
「ここは我が帝国軍の陣だ。騒ぎを起こすものは捕らえなければいけない」
「わ……かった」
 ロックは剣を構えたまま後ずさる。騎士剣の切っ先は、まっすぐにロックの眉間を指し続けていた。――これは手練だ。あんな重そうな、装飾のついた剣を。……それに、さっきの呪文は何だったんだ? 眼の前で剣が凍って、割れ散っていった。まるで彼女の目の色が、あたりの空気を染めたみたいだった。つめたくてうすくて淡い、氷霜のいろ。
 そのもちぬしを再度、見上げる。目が合って、白い頬が片方だけ、苦々しく歪められた。なにか言おうとするのか、薄桃色の唇が開きかける。
「――助けてくれて、ありがとな!」
 咄嗟に声を上げ、ロックは回れ右して走り出した。
 
    ◆
 
「シェール少佐。お戻りを」
「……そうだな」
 少女は剣をおさめ、ばさっとマントを翻して踵を返す。
「素性の分からぬ平民でした。あのようなものの前で、魔導の力を振るうのは」
「分かっている。軽率だった」
「結構です。以後、お気をつけを」
「……行くぞ」
 淡い色の唇をかみしめて、少女は歩きだした。思い出しているのはさっき助けた、妙な男のことだ。剣の扱いすらままならなそうな、薄汚れた男。あのようなものの前で、魔導を使ってしまった。おそらく何が起きたのかはわかっていなかっただろうけど、口を封じておいたほうが良かったのかもしれない。
『助けてくれてありがとな!』
 ……助けたつもりなどないのに。こちらの顔に、興味深そうな視線を向けてきた。思い切り睨んでやればよかったかもしれない、なにせ私は、氷の魔女とか呼ばれているのだし。
 戻ったら、剣を振らなければならない。もっと、もっと。
 ――強くならなければ。