一階を制圧。大した乱闘にもならず、カインは剣を鞘に収めた。他の連中はそれぞれ、よその部屋を確認に散って行ったので、重たげな 天鵞絨 の影に誰か潜んでいないか、みて回る事にする。
次々と布を跳ね上げていくと、ちらり、金属の煌めきが見えた。一瞬で剣を抜き、構える。
「誰だ!? 出てこい!」
破!と 帷 を薙ぐ。キン、と弾かれた。もう一閃。また弾く。突く。躱す。何合目か、カン!と刃を弾き合ったところで、相手が呆れた口調で出てきた。得物に 剣杆 を下げている。
「ちょっと、すぐ気づけよな。馬鹿なの?」
「オーエンか、もしかしたらとは思ってたんだ。ここにいたのか――って、あんた」
カインは思わずオーエンの格好をしげしげと眺めた。白いノースリーブのぴったりした立襟に、赤い縁取り。襟から伸びる合わせに、愛らしい房飾りが揺れている。膝上まで大きく開いたスリットから、青白くてまっすぐで硬そうな脚がぬっと伸びていた。
「あはは! 似合わないな!」
「殺す」
オーエンは仁王立ちしてカインを睨み、 旗袍 の襟を掴んだ。カインはにこにこ笑いながら襟を掴む手をつかんで、血の気がなく白い手先に、唇を当てた。
「いや、ほら、肩幅とかさ」
「は? 意味わかんない。何が言いたいわけ」
「脚とか腕とかさ。やっぱり、サイズが合ってないんじゃないか」
「ア”ァ?」
ヒールを履いた脚が、カインの腰の横をげしっと蹴る。よく靴のサイズがあったな、と妙なことに感心していると、わいわい騒いでいる気配が近づいてきた。ブラッドリーが銃を下げて入ってくる。
「お、いちゃついてるとこ邪魔するぜ。 大哥 はどこに行った?」
続けて、アーサーが駆け込んできて声を上げた。
「オズ様は二階を制圧中だ。ミスラが向こうの部屋をふっとばしたようだ、見てきてくれブラッドリー」
「何やってやがんだよ。面倒臭え」
「 弟弟 はどうしてる? 大丈夫か?」
「リケは捕虜を説得――もとい、お説教中だ。私も手伝いに行ってくる」
「お説教ってさあ。 郎君 がやることじゃないんじゃないの」
「双子 老師 は何やってるんだ?」
「お二人は向こうの幹部をお説教中――もとい、洗脳中だ」
言い置いて、アーサーは剣を構え直し、駆けていった。
「うわ、 藍幇 の 大老板 のやり口、相変わらずエグいよね……」
「ドン引いてんな、お前に言われたかねぇよ。――何だその顔、 二哥 を捕まえてきてやったんだよ。こいつを何とかしろ、とりあえず」
「その二哥というの、俺より上がいるのがムカつくんですけど。強い順ですよね」
「歳の順だろ」
「はあ、そうですか」
「とりあえず上に合流するぞー、 哥哥 。後ろから援護してやるから」
「面倒だな。ちゃんとついてきてくださいよ」
「へいへい。――んじゃお前らは掃討、頼むわ」
「僕に命令するな」
「おう! 気をつけてな!」
皆がわいわい言いながら出ていってすぐ、敵がやってくる。口々に声を上げ、がたがた音を立てて帷を引き落とし、暗器を手に手に、投げつけてこようとする。
カインは前に出た。飛んでくる飛爪を弾く。次を払い落とす。振り下ろされる錘を避け、転がって受け身をとる。跳ね起き、薙ぎ払う。二人がまとめてもんどりうった。次が来る。受け流し、腕を閃かす。胴を捻って蹴りを繰り出す。相手は飛び退る。カインの旗袍の裾がわずかに切り裂かれた。其奴は身を翻すと匕首を構え、オーエンを狙った。
「――三哥!」
「大丈夫だよ。―― 趴下 、 等 、…… 等 」
オーエンはすっとしゃがみ、何かを膝元に引き寄せ、ささやきかける。首に向けて匕首が放たれる瞬間、ヒールがトランクを蹴り開けた。
「ふふ、雑ァ魚。――ケルベロス、 過來 」
ぐわり、と三頭犬が大きく口を開け、敵に飛びかかっていった。
(2022.6.5初出)