「俺が……わからないのか!?」
彼の打ちおろす刃を避けて転がり、剣で受け流しながら、義弟がそう叫ぶのを、彼は風景でも流し見るように眺めていた。
「やめろ! なぜ、戦わなければならないんだ!」
無表情のまま、彼はまた、義弟に斬りつける。馬手の剣を翻したかと思うと弓手の半月斧で畳みかけた。斬り返す。踏み込む。かわされた刃に応戦してくる剣先を避け、さらに両手の刃が義弟を挟撃した。
ギイン、と音高く金属同士がぶつかった。
剛剣を受け止めたフリオニールの剣は、みしり、と音を立ててこわれはじめる。
「――レオンハルト!」
フリオニールはきつく目を閉じ、叫んだ。
「……レオンハルト……レオンハルト!」
フリオニールは何度も、義兄を呼んだ。
それは何ヶ月ぶりだっただろうか。探し続けた義兄を目の前にして、何ヶ月ぶりに彼の名前を呼んだのだっただろうか。その響きのなつかしさを味わいながらも、全身の力は義兄の刃を押し返そうとあがく。
「――呼ぶな」
しかし冷たく返す、黒鎧の相手の声は、感情の揺らぎがいっさい読みとれない。
「その名で俺を呼ぶな」
闇色の剛剣に、さらに力が込められた。ぎしぎしときしむ、刃と刃。押し下げられていく半月斧は、フリオニールの頬に迫る。
「……レオン……!」
ダークナイトは斧を跳ね上げ、義弟の剣をはねとばした。足を払う。倒れ込む。剣を逆手に持ちかえ、柄側で義弟の肩をえぐり、もう片方の手は腕を押さえ込む。フリオニールは仰向けて、地面に押しつけられた。
「黙っていろ」
さらに義兄の名を呼びつのろうとした唇は、相手の唇によってふさがれた。
熱く口内に残っていた戦闘の残滓が、互いの息づかいで掻き回される。地面に押しつけた腕の、掴まれた部分が、熱い。
「やめ……!」
首をのけぞらせて逃れるが、フリオニールを組み敷いた男の唇は、執拗に獲物を追った。顎をつかみ、舌先を割りいれ、口腔内を犯す。前歯の裏を温かく濡れ たものが這う。ぐぢ、と水音を立てて唇を離したかと思えば、今度は喉のくぼみから上へ舐めあげていき、耳朶を軽く、咬んだ。
思うように抵抗できずに硬直していた義弟の腕をつかむ、その力をさらに強める。
再度唇をふさぐ。ゆっくりと舌を絡めとり、唾液を呑み込む。顔を離すと、黒鎧の騎士は相手の耳にそっと吹き込んだ。
「――武器を離せ、フリオニール」
フリオニールは身体を硬くしたまま、少し恍惚とし始めた色を目に宿し、小さくうなずいて、右手を開いた。
「――もっとだ。武器を、捨てろ」
更に囁けば、もう一度ほんの少しうなずき、剣を自分で押しやる。
義兄はふ、と目を細めて「いい子だ」と義弟の頬をなで、音もなく立ち上がった。
突如、フリオニールの悲鳴があがった。
「……っああああ!」
「良い声だ」
義兄が容赦なく降りおろした剣の先に、フリオニールは左掌を貫かれたのだった。
「……っ、うあああ……っ」
「良い声だな、相変わらず。哀れだな、お前は。いくら叩きつぶされても戦い続ける……、それで、」
義兄は冷たく義弟を見下ろす。
「それでお前は、力を得られるのか?」
突き立った剣で地面に縫い止められ、赤く染まりはじめた掌はびくびくと痙攣している。
苦痛にあえぐ義弟の胸ぐらをつかんで、義兄はゆっくりと膝をついた。
何もない空に向かって、彼は叩頭する。
「――偉大なる皇帝に、我が忠誠の証として逆賊の肉体を――」