水に沈んでいく夢を、見ていた。
目はしかと開けていて、両の手には剣を固く握りしめている。
差し込む光を反射してゆらゆら滲む視界と、冷えきった体。
武器を振りあげようとしても、動きはままならぬ。腕は重く、ばたつかせた足は何もけり返すことができず、流された刃先が目の前を、ひらひらと漂っていった。
すべての手応えが、ない。しゃにむに武器をふるっているつもりだが、水は彼に斬られることなく、水底に引きずり込み続けるのだ。
「つまらぬな。――解除せよ(デスペル)」
水の中で聞く音楽のような響きが、耳に届く。届いた、気がした。
視界の揺らめきも滲みも、ぬぐい去られていった。
腕が軽くなった。足下はしかと床をとらえた。固く握りしめたままだった指先は、柔らかに柄を握りなおした。
締めあげられるようだった快楽の波が引いていく。
裸の胸元を、腰を、首筋を、すべらかに包んでいた、温く重いものに手放されていく。その部分はかわりに、無骨な黒の鎧に覆われていく。ただの青年だった 彼は、水から引き上げられていくにつれ、パラメキア帝国の冷酷無比な実力者である騎士に変わっていった。意のままに双刃を操り、構え、彼の主君でもある艶 やかな男の冷たい微笑を、まっすぐに、正面から捕らえた――
ギイン! と、刃と刃のぶつかる音が、華やかに舞い上がった。
斬りつける。飛びのく。かわした身の心臓の位置を、閃光と化した武器の柄が貫いて飛んでいく。刃を突き出す、頬の表面から皮一枚外側の空気を斬りさく。武器の風圧が布を巻きあげる。
「つまらぬ。貴様はまだ、摂理の異常をもたらす魔法に、易々と絡め取られてしまう程度の腕しか持たぬか」
さらさらと侮蔑の言葉を紡ぎ出す皇帝に、黒鎧をまとったその臣下は口元をにやりとつり上げて見せ、「あえて捕らえられたのですよ、陛下」と投げ返した。
「あまねく地をしろしめす我が皇帝よ、……俺は誓おう」
急に声を低め、黒い騎士は半月斧を抜いて構えた。
「いつか、いつか――」
じり、と足を運ぶ。距離は縮まない。緊張の糸だけが張りつめる。
「俺は、お前を、」
ダークナイトはゆっくりと、武器を振りかぶる。
彼の主も、同時に杖を構えた。
にらみ合う絶対零度の視線同士、見交わして、双方にやりと口元をつり上げた。
空気が動く。奔る。殺気同士がぶつかる。力を全くゆるめないまま、二人は斧を振り抜き、杖を突き出した。
双方の刃は、互いの喉元にぴたりとつけられていた。
もしも些かにでも、自分に向けられた刃に力が込められたとしたならば、相手の喉に突きつけた自分の刃は、容赦なくそのまま相手を貫くだろう。
主従は彫像のごとく微動だにせず、刃の先はぴくりとも動かない。ただ、かすかな空気の揺らめきだけが、水滴のように喉元を通り過ぎていった。
「――俺はいつか、お前を倒し、その座を手に入れてやる」
「――私はいつか、貴様を打ち倒し、心からの完全なる屈服をさせてみせよう」