覚えてろー! だとか何だとか言う、安っぽい捨て台詞が反響して、消えた。
ゆっくりと吹雪がやむ。さああ、と風の音がして、細かな氷の粒たちが吹き飛ばされて、視界がひらける。洞窟の出口から差し込んでくるひかりは、つめたくあかるくきらきらと雪に反射した。
帝国兵の鎧が何人か、そのあたりに倒れたまま動かない。セリスは油断なく彼らに近づき、事切れていることを確かめていく。かすかな雪のかけらたちが舞い込んでくるが、体温を失ったものに落ちかかる雪は解けずに積もっていくのだ。死んだ兵士たちの肌は、そう時間もかからずに白く被われ、凍りついていくだろう。
死骸の目を閉じてやり、セリスは立ち上がった。辺りを見回し、仲間たちの姿を探す。
洞窟の奥から、ティナがこちらに向かってくる。エドガーがつきそい、後ろをマッシュが固め、ガウが追ってくる。カイエンらはまだ、兵士たちが戻ってこないか警戒を向けているようだ。
首をめぐらす。無意識に探すのは、ロックの後ろ姿だ。彼のかたちはいつもセリスの数歩先にあって、その背中が見えるうちは大丈夫だと、素直に思うようになっていた。細身に見えるけどしっかり広く、きちんと厚みがあって、背の中心がまっすぐで、ナイフを握ると生き生きと躍動的に、綺麗な動きをするなあと、思う。
それを探して、すぐに見つけた。
暗くたれこめた雲の切れ間から光がさして、彼の背中を照らしていた。
近づいて声をかけようとして、
「――あ、」
セリスは足を止めた。
ロックの足元には帝国兵の遺骸がある。
まるい兜が横に転がっている。
見おろす彼の横顔には影が落ちている。冷たい水気をふくんだ風にさらされたせいか、ややそげた頬が青ざめて見えた。
「ロッ……」
短剣をおさめ、軽く数歩、ロックは足を進めていく。
ブーツの足を持ち上げたかと思うと、兜をぐしゃりと踏みつけた。
冷たい氷のかけらが舞う。音もなく、さあ、とセリスの視界は白く霞んだ。たった10メートル先の彼の姿が、厳然と遠い。
「……っ」
もち上げかけられたセリスの手が、下ろされる。
なにかを見つめる時にすっと鋭くなるロックの目尻。こちらに気づけば、くしゃっと柔らかく細められる。それを見ると、わけもなく安心した。けれど。なのに。
谷底の暗闇を見下ろすような彼の目は、ただ恐ろしい。鋭いを通り越し、ひたすらに暗い。
セリスの喉は、ひくり、と鳴った。
あの気さくな視線を向けてくれるひとと、この人は同じものなのか?
近付けば、声をかけるよりも半瞬だけ早く振り返り、「どうした?」と訊いてくれるそのひとと、同じまなざしを持っているのだろうか?
「……あ、」
こわい。そのひとが怖い。このひとはお調子者でもなければ優しいわけでもない。底知れないひとだ。そんなこと、知らなかった。
「――ああ」
そのひとのくしゃりと細められた目尻がすきだ。なにかを見つめる時に鋭くなる目尻を見るのも、すきだ。
わたしはそのひとがすきだ。こわくて底知れなくて優しい、そのひとがすきだ。
「――人を愛することはできるの?」
何かを愛することは、誰かに焦がれる感情は、きらびやかな衣装をまとった王様やお姫様がきらきらと、華やかな灯りに照らされた大階段を、降りてくるようなものだと思っていた。
そんなやさしいものではなかったのだとセリスは思い知り、ただ唇を噛むしかなかった。