朝が来る。
朝が来る。
まるい太陽が山並みの間から昇るたび、コルツ山にはモンク僧のかけ声が響きわたる。
険しい断崖が雲を突きぬけ、岩の間を清水が流れる。曙光は岩肌を、木々を、渓流を夜明けの色に染め上げ、そこで型を組む青年の隆々とした肉体を照らしだす。
はッ、はッ、と気合をこめて、彼は拳を繰り出し、脚を蹴り上げる。飛びすさり、舞うように体をひねり、一転して構えなおす。
「―はッ！」
明け方の冷たい風が、短い金髪をゆらしていった。青年は力強く跳躍し、岩棚からとびおりる。
くるくる、くるくる。
まるいコインが兄の手の中に舞いおりて、｢表｣を示したそのために、彼は今ここにいる。
もう一度コインを投げれば―その結果はわからない。
くるくる、くるくる。
（あの時落ちてきたコインがもし、裏だったなら）
きっと自分は怯えきって、逃げていただろう。青年はそう思う。
自分にすでに附属した、あるいは肩にのしかかってくるであろう責任や重圧を捨てない勇気を、すべて受け止め、清濁あわせてのみこんで守り抜く勇気を、あのときの自分は持ちあわせていなかった。
だから、これからは
捨てた自分が、守るのだ。
この身の自由を得たいがために、ただひとりの兄の肩に重荷を置いて出たのではないのだから
いろいろなものを捨てざるを得ない立場となった兄の、思いを受け止めるために
あの沙漠の砂粒よりも多くのものを、捨てない度量を身につけるのだ。
その道を選んで良いのだと背中を押してくれたのは、表の出たコイン。
青年は再び、舞い落ちてくるコインを思い浮かべる。
くるくる、くるくる。
朝が来る。
朝が来る。
まるいまるい太陽は、煌々と輝きながら空へと昇っていく。