
そして俺は目を瞑り、息を止める。
消えたことはない、消えることもないであろう記憶を、忘れるために。
そして俺は耳をふさぎ、声を押し殺す。
やんだことのない、やむこともないであろう音を、忘れるために。
*
賭場は生温い眩さに満ちている。
俺はいつも、何が面白いというわけでもないけど口もとに薄笑いを浮かべ、目の前の人間にいいかげんな相槌を打ち、客を皮肉り、コインを弾いたりする。
ここでは誰も互いの過去来歴など知らず、相手の未来など余計に知ったことではなく、ただ「現在」―手持ちの駒と手の内と腹の内とを読みあうだけの、とびきりの刹那―だけが重なっていく。
カードを切っていても、駒を積んでいても、俺の頭は凍りついた冷静さに支配されている。
どの客に何を言い、どういう動作をし、どのタイミングで袖の下にカードを滑りこませ、何奴を怒らせ、煽り、引かせ、どの段階で勝負を降りて賭場にもたらす利益を最大にするか―全てが薄い紗幕を隔てたような、うっすらと冷めきった意識のフィルタの向こうに読み取れる。
けれど いつも
ふとした瞬間、少しだけ気をゆるめれば。
ごく一瞬、煙草の火がジッと鳴るのに気をとられれば。
耳が捉えた、ダイスが転がる乾いた小さな音を、気にしてしまえば。
薄汚れた音と画像が記憶からあふれ出して蘇り、頭の隅を喰われそうになる気配を感じる。
その感覚を常に背中にひやりと感じながら、俺はいつまで正気を保っていられるか、叫びださずにいられるか、あるいは冷徹な賭博師を演じ続けていられるか、―それすらも今では既にゲームのひとつだ。
無粋な客なんぞが俺にガンを飛ばし、怒鳴りつけ、ポケットから刃物を撥ね出して殴りかかってきたとしても(おっと、ちょうど今のように)、―そして時として、立ち回りの結果、この身につけられた傷跡がひとつふたつ増えることとなっても、俺の体の奥底では耳ざわりな金属音がひそかに鳴り響き続け、吐き気をもよおす冷たい塊が腹に沈み込んでいる感覚が変わることはない。
―俺にも、刃物を振り回している客にも、むさ苦しい野郎共が群がって押さえつけようとする。
―ヤメロとかオチツケとか多分言っているのだろうが、口をパクパクさせているのが見えるだけだ。
―頬の辺りが濡れている感触がする。髪が幾筋かそれに張りついて赤く染まっているのだろう。
―女客が悲鳴を上げる。俺はどこか遠くの出来事のようにそれを聞きながら、絡んできた客にニヤリと流し目を送ってやる。するとそいつが、俺の血に塗れたナイフを手にして押さえ込まれたまま、ひるんだのが判った。
怖くはない。
痛くはない。
寒くはない。
悲しくはない。
…賭場は相変わらず、うわべだけの眩さに満ちている。
*
そして俺は目を瞑り、息を止める。
消えたことはない、消えることもないであろう記憶を、忘れるために。
そして俺は耳をふさぎ、声を押し殺す。
やんだことのない、やむこともないであろう音を、忘れるために。